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PS4買ったので更新忘れてました。

今から2週間程前に、PS4を買った。Nintendo Switchが発売されてまだ1ヶ月も経っていないこの時期に何故買ったのか。

僕も当初はSwitchをやりたいと思い、ゲームショップへ探しに行ったら、PS4が置いてあったから目移りしたのだ。それにウイニングイレブン2017も少しやりたかったから、衝動買いしてしまったのだ。

Switchはもちろん入荷待ちだった。PS4は中古で2万5000円程だったから、スプラトゥーンが発売されるまでは、それで遊ぼうと思った。

元々、ゲームで遊ぶ人間では無かったので今はドハマリしている。このPS4は身銭を切って初めて買った据え置きなのだ。

それに内定は貰っているものの僕は現在無職なので、ゲームにハマってブログの更新が止まるのは必然の出来事だと思う。

まったく恐ろしい娯楽に手を出してしまったものだ。

面接に行ってきた。

ハローワークで仕事の面接と説明会が開かれていたので参加してきたのだが、果たしてこのまま進んでいいものか迷うようになった。

赴任してしまうと工場と寮を往復する生活になるので、どうしてもストレスが溜まってしまうはずだ。ストレスのコントロールが僕の中では課題になっている。少し頭の中を整理しようと思い立ってここに書くことにした。

まずは、休日の息抜きをどうやってしようか考えものである。寮にバイクを持ち込めないと発覚したのだ。休日にやろうと思っていたツーリングが不可能になってしまったので他の手段を取るしかない。バイクが持ち込めないから働きに行くか迷うのも変な話だ。

もうひとつの趣味の読書もキンドルで簡単に出来るが、書店や図書館で適当に手に取った本の面白さに惹かれて読み込んでしまようなことが赴任先で果たして可能なのか、それは寮の立地に左右されてしまう。

任天堂スイッチを買おうか、しかしゲームは三日坊主だ。インターネットが使えれば退屈しないのではないか、しかし現状を鑑みるとそうでもない。そういえば今までストレス発散にフォーカスしてなかったとか、こんなことを考えていたら気が滅入ったのだ。

だからさっきまでアニメを見て現実から6時間ほど逃避していたが全然気が晴れなかった。そんなことをして解決に繋がらないのを自分が一番知っていたからである。

ただし、まだ採用と決まったわけではないのだ。もうこのまま不採用なら地元のIT系の仕事を探そうと思っている。その方が工場の仕事ばかり探し続けるより努力のベクトルとしてはマシなのではないかと。

貯蓄して1年海外に留学してみたいと淡い憧れがきっかけで行動してきたが、別に留学とまでは行かなくとも、年に一回ぐらい旅行で訪れることが出来ればいいじゃないか。

どうやら岐路に立たされているようだ。このまま辞退するのも手である。

採用か不採用か、結果を見て次の行動を決める。

今度、面接をする

今度、仕事の面接をすることになった。これで上手く行けば県外に移住して働くことになる。あまり詳しい職種は言いたくないので出来るだけ伏せる。自動車部品の製造をする。以上。

学生の頃から、ずっと地元で過ごしてきた自分にしてみれば、県外で働くというのは冒険でしかない。不安や変な妄想が頭をよぎることもある。ただし、まだ採用ではない。

工場で働いたことはない。僕はずっとホワイトカラーだった。もはやキャリアなんてものは無いに等しい。会社にいた頃は、インターネット広告の配信をやっていた。大手企業の子会社に勤めていたが、あいにく地元は全国一賃金の低い県として有名で、給与は契約社員ということもあり時給換算だ。同じ時給のアルバイトはザラにある。

それに僕は有能ではなかったので、個人面談で定められた目標を達成することもなかったから賃金も上がらない。日々ダラダラとしていて、ストレスによる散財も酷かった。

そして、いざ挑戦したいことが見つかった時にはお金が無くて酷く絶望した。地元で稼ごうにも全国一賃金が低い県だし、ダラダラと働いていたから東京の会社で働けるようなスキル、人脈、度胸もない。

何かを得るには、何かを捨てないといけない。そしてキャリアを捨てることにした。地元の知り合いとの付き合いも無くなる。でも手っ取り早く稼ぐにはここを出て、工場で働くしかない。

面接でも異なる業界への転職について突っ込まれるだろう。話が飛躍しない程度に答えは準備している。履歴書の志望動機も用意している。

今は、志望動機を語る自分を想像して、恥ずかしさのあまり悶絶している。

英語と科学と私

英語の習得したいが為に、日々何かしらの学習をしているのだが、ここ最近はインターネットで科学記事を読むことで文法の力をつけようとしている。

以前、図書館で「理系の人はなぜ英語の上達が早いのか」という本を読んで、科学記事の優れた点と文法の力の重要性に気付かされたからだ。

理系の人はなぜ英語の上達が早いのか

理系の人はなぜ英語の上達が早いのか

 

英語の習得には文法の本を読むこと。文学作品には比喩表現や書き手の主観が強い為、客観的でロジカルな情報が掲載されている科学記事の方が読みやすいのだと、この本は言っていた。事実は小説より奇なり、といいいますか、実際読んでみると面白い。

news.nationalgeographic.com

自分の英語力はまだまだ乏しく、辞書を引きながら読むことになるので、すごく時間がかかる。今日も読んでいて、途中で少し疲れたから休憩がてらブログを更新するかと思い立ったのだ。誤解を招くような言い方になった・・・。

英語でも日本語でも、じっくり時間をかけるより、サラッと読めたほうが書かれている内容を理解しやすいということを実感した。そうじゃないと文章が何を伝えようとしているのか途中で忘れてしまう。

世の中で起きていることを英語を通して理解するというのは、習得するにあたりひとつの目的でもある。それをこのように科学記事で補う学習法は楽しくもあり、科学への興味も湧いてくる。英語も科学も学生の頃にはつまらないと思っていたものだ。

僕は全然理系ではない。と思う。

高校2年の夏、数学Ⅱのテストで0点を取った過去があるからだ。

僕は合意退職だ!→Google翻訳「 I am an agreed retirement! 」

すっかり忘れていたのだが、バイトを合意退職一週間程が経った。忘れるぐらい僕にとって些末な出来事で、頭の中は本を読むことでいっぱいだった。

バイトごときに対して合意退職という言い方が一般的に適切なのかは分からないが仕方がない状況なのでそうする。

そのバイトを始めた12月頃に店長と決めた予定では、2月末までは続けるはずだった(3月からキチンと仕事を探すから)。それから1月下旬になり、店長は人手を探し始めていると確か話していた。

それを聞いたときは安心したのを覚えている。事がうまく運んで人手が見つかれば、2月末には自分が辞めることが出来るはずだと思ったからだ。2月になり新人が2人やってきた時はそれが確信になった。

新人には当然、研修をする必要があったので彼らの出勤は増えることになったが、僕は教える立場じゃなかったので出勤が減り、図書館で読書をする日が増えた。それに関して別に落胆することもなく、むしろ読書できることを喜んでいたような気がする。

正直に言うと、バイトは面倒だった。図書館の開館が9:00から19:00なのに対して、18:30から26:00の出勤は生活リズムを調整する必要がある。勤務内容は凄く楽だった。

新人が入って一週間たったある日の朝、家で本を読んでいる時に店長から電話があった。

 

「きみの2月末までの出勤予定日を全て新人2人に割り当てたい」

 

新人に早く仕事を覚えてもらう必要があったらしく、僕は別に問題なかったのでそうしてもらった。やや遠回しな表現だったが、この電話でのやりとり以降、出勤する必要が無くなったのだ。それ故に退職の実感はなかった。

正直、2月末までという予定がまさか前倒しになるとは意外だった。どうせ人手の確保が遅れると思っていたからだ。辞められない状況が続いて3月に突入・・・というようなことも想定して店長には2月末までと伝えていた。

電話の後に、これは解雇、つまりクビなのかと疑問が残りネットで調べたが、どうやらそうではないらしい。「使用者の一方的な意思表示による労働契約の解除、解除に当たり労働者の合意がないもの」が解雇のようだ。

いや、普通に考えてみればこの状況は別に解雇ではない。あと、こういったことに詳しいわけでもないし、問題なかったとはいえ動揺はしたようだ。

もしかしたら退職勧奨の合意にあてはまるかもしれない。そうだとしたらルール上なんの問題もない。僕は合意退職だ!←日本語がおかしい。

4 退職勧奨について
解雇と間違えやすいものに退職勧奨があります。退職勧奨とは、使用者が労働者に対し「辞めてほしい」「辞めてくれないか」などと言って、退職を勧めることをいいます。これは、労働者の意思とは関係なく使用者が一方的に契約の解除を通告する解雇予告とは異なります。
労働者が自由意思により、退職勧奨に応じる場合は問題となりませんが、使用者による労働者の自由な意思決定を妨げる退職勧奨は、違法な権利侵害に当たるとされる場合があります。
なお、退職勧奨に応じて退職した場合には、自己都合による退職とはなりません。

www.mhlw.go.jp

”解雇と間違えやすいものに退職勧奨があります。”

僕も間違えましたよ。

 

周りの人に「やめた」と言ったら誤解されるし「出勤の必要が無くなった」「合意退職だ」と言っても伝わりにくいだろう、伝え方はいまひとつハッキリしないがそんなことは別に問題ではない。

 

まだいくつかの疑問は残るが、合意退職ということにしておこう。なにはともあれ、本を読める時間を確保出来たことが今は一番嬉しい。3月から仕事を探し始めよう。

素直になれなかった昨日までの私にバイバイ

時々、ミスドに行きたい衝動に駆られることがある。こうしてここに書いているのも、その衝動に駆られたからで、どうにか落ち着くための手段として自分なりに考えついたからだ。

もう詠ってしまおう。現時点(午前1時28分)の心の叫び。

 

ドーナッツ ああドーナッツ ドーナッツ

 

もうすぐ寝てしまうし、夢でもいいからポン・デ・リングを口に運んで、甘いコーティングと素直な柔らかさに癒やされたい。

ミスドに行きたくなったものの、実際に一人で行ったことはない。男性が一人で行けるような雰囲気を感じ取れない。そうしたこともあり日々、想いは膨らみつつある。運がいいと、身の周りの人が差し入れなどで持ってきてくれるから、症状を軽減するタイミングはある。

ちなみに、スタバには一人で行くことが出来る。なんならMac Bookを開くことも。スタバには行くことが出来て、ミスドには行くことが出来ないこの差は一体・・・。自分の認識に偏りがあることは最低限自覚している。

例えばミスドは、甘さを求めてやってきた女子・おばs、いや、淑女の巣窟であり、店舗の雰囲気もそれを助長している、といったイメージ。

スタバだと男女、年齢を問わずコーヒーで一息つける、但しオシャレであることが求められるイメージ。僕は求められる条件に適していないが、肩身の狭い思いはしていない。

いざ書き出してみると、ミスドに想いを寄せているくせに素直になれていない自分がいることが分かった。さらっと気持ち悪いことを言ってしまったが、あのミスドがまさか男性をターゲットに入れていないわけが無いだろう。そう考えるとだんだん勇気が湧いてきた。

タイミングを見計らって想いを伝えに行こうと思います。

「続きを読む」に滲み出る夫婦生活の長さ

某サイトで取り上げられた「続きを読む」ボタン。

ニュースアプリを使っているとよく出てくる。僕はこれが非常に嫌いだ。その記事を読もうと思ったから開いたのに、その意志が本当にあるのか再確認されているような、そんな懐疑的な眼差しを感じてしまう。

しかも卑怯な手法を取っている。

 

「続きを読む?」

 

このような問いかけはしてこない。

 

「続きを読む」

 

いつも目にするこのボタンは媒体と読者の関係性を象徴している。「続きを読むならボタンを押しといて」といったような、主体性をこちらに持たせて記事を読ませる関係性になる。質問形にすると、面倒くさがられるのがきっと目に見えているのだろう。

立て続けに質問をするというのは誰でも気が引けてしまう。業務上だと尚更だ。彼らは、本当に読むかどうか意思確認のフローに介入しなくなったのだ。

例えば、

 

「おかわりする?」

 

旦那のお皿を逐一把握してこのように聞いてくれる嫁さんだったのが、

 

「おかわりするなら言ってね」

 

こう言うようになってしまった。非常に合理的ではある。意思表示のきっかけはこちらに託されるようになった。夫婦生活も長くなり、関係性も洗練されたのだろう。

きっと媒体も同様に、読者との関係性を新しいステージに運んだ結果、ボタンにもその影響が出たのだ。

 

話が長くなりましたが、「続きを読む」ボタンはいらないです。